So-net無料ブログ作成
検索選択
思い出話 ブログトップ

京阪電車の“クイーン“との思い出を振り返る [思い出話]

4月27・28日に幕張メッセで開催された「ニコニコ超会議2」。
ニコニコ動画の世界が会場に実現して有名人まで来たり・・・と様々なイベントが行われたりする中、京阪電車を含む鉄道各社が出展した向谷氏プロデュースの超鉄道エリアで行われたイベントの一つ、「鉄道車両公開解体買付ショー」。
これは、超会議の会場と車両基地を中継で結び、引退した鉄道車両の部品をその場で買い付けるというもので、今年は27日に200系新幹線、E1系新幹線、EF81形、そして私が参加した28日には「あの」車両が目の前に登場しました・・・

DSC07274-blog.jpg
2010.12.30 西三荘
「あの」車両とは何か。そう、約40年もの長きにわたって親しまれ、先月のラストランで勇退した京阪電車の“クイーン“、旧3000系特急車です。関西私鉄の車両の中では、この車両以外に右に出るものはないというくらい好きな車両で、大阪帰省した時、京阪電車を撮るときにはよく“クイーン“を追っかけていました。
気が付けばラストランで多くのファンに惜しまれながら引退してから、まもなく1ヶ月・・・
そこで今回は、そんな京阪電車の“クイーン“を手元にある写真と共に振り返ってみようと思います。


「私はこの顔が気に入ってますよ」 
京阪電車オリジナルDVD 旧3000系特急車~ラストランに向かって~のナレーションより
2008_0106冬休み0178-blog.jpg
私にとっての旧3000系の一番の魅力は、何といってもこの「顔」。この「顔」が好きなんです。
前照灯、パノラミックウィンドウ、標識灯がバランス良く配されていて、人に例えるなら顔立ちの良い綺麗な女性の顔のような顔を持つ優美なデザインは、まさに“京阪特急“の看板を背負うに相応しい、素晴らしいデザインだったと思います。
この写真は旧3000系が書類上でも「3000系」だった時の写真で、切り抜き文字の車番も今となっては懐かしいです。
3000系だった時の旧3000系.jpg
小学生の頃に撮った1枚。この頃は今のように撮影に対する関心は皆無に等しく、そのせいか良い写真は撮れませんでした・・・「3055」の車番もこれまた懐かしいです。
当時、夏休み冬休みは大阪の母方の実家でその大半を過ごしていました。
幼い時でしょうか、その時からこの車両を見かける度に乗ってみたいと思った事が何度かあり、わざわざ京阪電車に運用を問い合わせてもらって祖父にこの車両に乗せてもらった事もあります。
振り返れば、幼い頃にも旧3000系との思い出が既に出来ていたのです。

2008_0821夏休みⅡ0661-blog.jpg
2008年夏@淀屋橋
2008年、中之島線開業という大きなイベントがあり、それと同時に旧3000系にも転機が訪れました。
中之島線の開業にあわせて新車が導入される事となり、これに伴って従来「3000系」と呼ばれていた「3000系」は、「3000系」という名前を新しい後輩に譲って8000系に編入され、以後「8000系30番台(8030系)と呼ばれるようになりました。
それでも、「京阪電車3000系」といえば今でもこの車両が思い浮かびます。それ故、この車両を「旧3000系」、「8030系」、「パゴサイ」と呼ぶ気には正直あまりなれません・・・

2009_08180176-blog.jpg
2009年夏 @野江
これもコンデジ時代の1枚。写真を撮ってるときにこの車両が来たときには、ちょっとした充実感を覚えたものです。

DSC09011-blog.jpg
@香里園
この編成美もまた素晴らしいです(^ ^)

DSC00192-blog.jpg
2011年、40年目の夏。@橋本~樟葉
夏空の下、昔からのお立ち台を駆け抜ける3000系。
昔からの塗装を纏った京阪電車がこの風景の中を行く図は、いつ振り返っても絵になりますね。
この時も、お目当てはやっぱりクイーンこと旧3000系。

DSC00197-blog.jpg
40周年記念HMも誇らしげに寝屋川市を通過。

DSC08283-blog.jpg
雨の中、昔の姿で最後の活躍。@大和田
昨年の夏、ついに旧3000系の引退が公式発表され、以降様々なイベントが実施されました。
そして、9月末からはなんと正面が往年の姿に復元!そのニュースはTwitterの京阪電車の公式ツイート等で見聞きし、お披露目運転の際の写真を他の人のツイートで拝見した際には素晴らしい復元の出来映えで、京阪電車の旧3000系に対する感謝、ファンへのサービス精神には本当に頭の下がる一方でした。
勿論私は居ても立ってもいられず、昨年の暮れに来阪してそんなクイーンの最後の活躍をカメラに収めてきました。旧3000系全盛の頃を全く知らない世代の私でも、“クイーン“といえばやっぱりこれだなと思います。この姿はいつも以上にもっと凛々しく精悍に見えました。

DSC08333-blog.jpg
去り行く「3000系」とこれからを担う「3000系」の離合 @淀
後追いをしようとしたところ、偶然撮影することの出来た1枚。世代交代を象徴する1枚を撮影する事が出来ました。

DSC08513-blog.jpg
元旦も新年早々健気に快走!
昨年の撮り納め、今年の撮り初めも旧3000系で、早速3000系との思い出がまた一つできました。
京阪電車といえばカーブ。八幡市~淀のカーブを行くクイーンの勇姿は迫力があって、このあたりの撮影地は個人的に結構気に入ってます。

DSC08560-blog.jpg
DSC085630-blog.jpg
テレビカーロゴとダブルデッカー車の時代祭行列
テレビカーといえば京阪特急の代名詞ともいうべき存在。「京都らしさ」がうかがえたダブルデッカー車の時代祭行列。
私が幼い時から慣れ親しんできた「京阪特急」のこれらの特徴を最後まで保ち続けた車両も旧3000系特急車。8000系はリニューアルと塗装変更でこれらの特徴は失われており、この旧3000系がいなくなる、という事は今まで慣れ親しんできた「京阪特急」が無くなるという事にもなる。
そういう意味でも今回の引退は実に寂しいものです・・・

DSC01233-blog.jpg
DSC01132-blog.jpg
そして、記憶に新しいラストラン。往年の姿に更に近づけた姿で有終の美を飾りました。
DD車抜きの7連化、更新前のテレビカーロゴの復元、側面の車体番号の復元には本当に驚かされ、顔の復元もそうですがまさかここまでやってくれるなんて夢にも思いませんでした…
一つの鉄道車両が引退する事に合せて、ここまで復元したりイベントを企画したり…なんて事は関東では殆ど考えられません。私の知る限りでは、関東でここまでやったところは無いような気がします。
最後の最後まで多くのファンに見送られる姿は実にほほえましく、3000系にとって幸せな花道であったことに間違いないと思います。

763343814.jpg
※Twitterに上げたものを転載
話は戻って、ラストランから1ヶ月が経とうとしていた先日のニコニコ超会議。初代特急発車メロディー「フィガロの結婚」のアレンジ曲が流れてショーが始まり、程なくして目の前にニコニコユーザーのコメントと共に寝屋川にいるクイーンが登場。まずは運転室の部品に始まり、次々と様々な部品の数々が切り売りされていく中、私も運良くひじ掛けを落札する事ができました。
そのうち、ひじ掛け、網棚、標識灯は生で取り外しが行われ、それぞれの部品が外されていくのを見る度に慣れ親しんだ3000系が本当に無くなるんだな、という実感が更に沸くと共に、なんだか凄く悲しくなりました・・・
そう思うと、クイーンの形見を手に入れた事も正直複雑な気分です。

さて、手元の写真と共に私の旧3000系特急車の思い出等をざっと振り返ってみましたが、旧3000系の全盛の時代を知らない世代の私にも案外沢山の思い出がありました。
幼い時から慣れ親しみ、沢山の人の沢山の思い出が詰まった車両がいなくなってしまう、と思うと本当に残念です・・・
複々線を颯爽と駆け抜けるマンダリンオレンジとカーマインレッドの風格のある美しい車体、テレビカー、時代祭行列、「バタン」という音と共に一斉にずらりと並んだ転換式クロスシートの向きが変わるシーン、補助電源装置の作動音、コンプレッサーの音・・・
どれもこれも見慣れた京阪特急、そして今回京阪電車の線路から姿を消した“クイーン“の思い出の情景です。
これらの思い出の数々はまさに、DVDのナレーションにあったように「全部忘れられない思い出です」
きっとこれからも沢山の人の思い出の中で永遠に走り続けることでしょう・・・

でも、京阪電車の線路上からは完全に姿を消しても遠く離れた大井川や富山の地に渡った彼らの仲間達が元気に活躍している限り旧3000系特急車の歴史に終わりは無いことでしょう・・・
皆さんも大井川鉄道や富山地方鉄道に足を運んだ時は彼らの事も思い出してあげてください。
てなわけで恋しくなったら彼らの仲間達のもとを訪ねようと思っていますが、一昨日早速大井川鉄道を訪ねてきました。こちらは後日記事うpする予定です。

久々に長い記事書きました。
お付き合いくださりどうもありがとうございましたm(__)m
思い出話 ブログトップ
メッセージを送る

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。